私の子 だったのに
今日の朝日新聞「窓」欄に、北九州市にある動物園で、チンパンジーのキララが、昨年暮れに生まれた子どものキンジを抱っこしている写真が載っている。
キララは人の手によって育てられ、初めて出産した14年前は赤ちゃんを放りだしてしまったと飼育員は聞き、今度は大丈夫だろうかと心配していた。
そんな心配をよそに、昨年暮れ、キララはキンジを出産。すぐに赤ちゃんを抱っこし、3日目にはおっぱいを吸う音がおりの外まで響いた。
生活が落ち着いた2月、お母さんのキララの双子の姉妹、クララも一緒に暮らし始めた。母子が群れでの生活に戻るための準備だった。姉妹はもともと仲が良く、クララは母子に寄り添い、まもなく一緒に寝転がる姿もみられた。
異変が起きたのは5月下旬のこと。朝、飼育員がおりをのぞくと、妹のクララがキンジを抱っこしていた。母のキララはその周囲を行ったり来たりするばかりだった。
母でないクララは乳房に手を伸ばすキンジの手を払いのけてしまう。そのたびにキンジは金切り声を上げた。クララは乳が出なかった。
クララは昨年夏、生後6か月の子を亡くしていた。
飼育員たちはクララに鎮静剤を飲ませて引き離そうとするなど手を尽くしたが、クララは手を離そうとはしなかった。
キンジの鳴き声は次第に小さくなっていった。
母子が再び一緒になれたのは、4日が過ぎてからだった。
母親のキララはキンジを胸に抱き寄せた。顔、手、おなか、背中、我が子のからだに手を添え、時には唇を寄せて、毛づくろいをしてあげた。
胸に抱かれたキンジの手足は、母親のおなかをつかむことなく垂れ下がったまま、二度と動くことはなかった。
何とも切ない話だ。
キララも、クララもどちらも、こころ優しい「お母さん」だ。
それにしてもキンジは、キララと、クララの、両方から愛されながら、最悪の結果になってしまった。
本当に悲しい。